2009-07-10

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米国が民主党政権誕生よりも許せなかった北方領土返還

別に言い訳するつもりはないのだが、日露首脳会談でロシア側から北方領土返還の新提案が出されなかったのは、やはり、崖っぷちの麻生総理がロシアの交渉相手としてふさわしくなかったからだろう。北方領土問題特別措置法が、わざわざ日露首脳会談の直前の7月3日に成立させたというのも、麻生総理の指導力のなさというか、戦略のなさが見事に露呈した証拠である。「北方領土は日本固有の領土」と法律に初めて明記したわけだから、北方領土を半分返そうとしているロシア側が激怒するのも無理はない。麻生総理に指導力や戦略があったなら、そもそもこんな法案は国会に提出されることもなかったに違いない。 逆に言えば、日露首脳会談直前に北方領土問題特別措置法をあわてて審議し、成立させたのは、5月のプーチン首相来日時に、本当に北方領土の半分を返す裏合意ができたからとも思える。つまり、本当に返ってきそうだったから、それを是非とも阻止しようとした米国が動いたと思われるのだ。日露が親密になるのは、米国にとって民主党政権が誕生するよりも避けなければならなかった事態だったのだろう。